良い問いの立て方

問題を解決することは大事ですが、その問題を解決すべき対象を見いだす力も一方で大切です。解決すべき問題を見いだし、それを解決すべき協働していく力は、今のこの時代とても大事な気がします。

良質な疑問こそが大事

「自分とAさん、Bさんの3人で10個のミカンをどう分けますか?」という質問があります。

 こう投げかけると、小中高生の大抵はこんな答えが返ってきます。
「3個ずつ分けて、残り1個は3等分にする。」
「3個ずつ分けて、残り1個はじゃんけんする。」
「3個ずつ分けて、残り1個はジャムにして、同じ重さで分ける」  などです。

そう答えが返ってくるのも、幼少期の頃から、大人や先生にそう言われて、平等に分けることが「良し」という教えの中で、それが当たり前の常識として生きた証でしょう。

視点を変える

少し常識を疑ってみる。こんな考えはどうだろう。「自分は、2個。Aさん、Bさんに4個ずつに分ける。」こんな分け方があってもいいと思う。人生のあらゆる局面で、一瞬のためらいものなくこの分け方ができる、そんな人たちが増えてもいいじゃないかと思う。

「先生、そんなことしていたら、いつまで経っても、損ばかりじゃん。」という声が聞こえてきそうです。それでもいいと思いますが、そうはならないようになっています。

アレンの言葉

ジェームズ・アレンという小説家は、こんなことを言っています。「人間は望むものではなく、自分と同種のものを引き寄せる。」 自分の周りには、自分と同じ価値観を持った人が集まるものです。

もし、自分2個で相手4個ずつの分け方をしたら、もらった相手は、「最初はラッキ-、俺、お前の2倍もらった」という人も少なくないでしょう。でも、徐々に、自分の周りには、自分と同じ価値観の友だちしかいなくなります。

そして、まもなく「お前いつも2個しかと取ってないじゃないか。俺は、4個もいらないから1個やるよ。」って、2人から1個ずつ戻ってきたら、4個になるんです。 最初からこれを狙ってやるのではなく、生き方として、2個が自分で、相手に4個ずつということがあってもいいと思います。

平等と公平は違う

これまで、平等に分けることができる子がいい子とされ、そのことが承認されてきた時代でした。平等一つとってもそうであるように、その承認を得ようと生きている子どもたちが多い。逆を返せば、普段、自己を承認されていない子どもたちが多いということです。

最近、子どもたちの多くが、「先生、夢や目標を叶えるためには、何をしたらいいですか。」と、行動ばかり聞きにきます。普段、周りから存在が承認されていないから、行動することで承認を得ようとしているのですが、存在が承認されていないと思われる子は、目先の目標しか話しません。そうすると、自分の夢や目標を今の自分にできることの中から考えようとします。その結果、自分の能力の限界を越えた目標は達成しにくくなってしまいます。

唯我独尊

一方、存在承認がしっかりしている子は、目先の目標も言いますが、必ず最終目標や目的にも触れます。すると、脳細胞がこう働きます。

「それを達成するためには、どうしたよいか。」こう考えると自分の能力の限界を超えたところに目標が出てくる可能性が高まり、大きなことが達成しやすくなります。子どもたちの幸せの人生の第一歩は、存在に対する承認だと思います。「あなたが生まれてきてくれただけで、みんな幸せなのよ。」と言ってあげてください。

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